骨董品コラム

昭和を代表する画家・東山魁夷の魅力!自然の雄大さをとらえるその技術力

  • 近代日本画の代表的な画家のひとりに東山魁夷がいます。彼の独特な感性から描き出された風景画は多くのファンに評価されており、晩年は商業的にも成功された画家でもあります。そんな東山魁夷の魅力はどこにあるのでしょうか。

                           

    東山魁夷ってどんな人?

    東山魁夷は昭和を代表する日本画家のひとりです。日本国内でもさまざまな美術館で彼の回顧展が開かれていますので、知っている人も多いでしょう。1908年に横浜の船具商を営んでいた両親のもとに生まれます。画家を志したのは3歳の頃に横浜から神戸に移り住み、神戸で送った高校時代のことです。画家を目指し始めた彼の絵に対する才能は瞬く間に開花し、芸術の名門でもある東京美術学校(現在の東京芸術大学)に進学します。幼いころから決して裕福な家庭ではなかったため、自ら学費を稼ぎ、後のベルリン大学への留学費用も自分で貯めました。実際に彼の作品を見てみると、洋画のような印象を受けますが、彼は紛れもなく日本画家です。東山魁夷が生きてきた時代は非常に特殊で、戦前と戦後を経験した画家です。戦後には海外からの西洋文化の流れを受け、洋画的な新しい技法などにも触れますが、それでも生涯彼の作品の根底にあったのは戦前に学んだ日本画でした。

    東山魁夷の作品の魅力

    彼の魅力を一言で表すならば、『自分自身の心情を自然の中に表現することが非常に優れた画家である』ということでしょう。人それぞれ魅力の感じ方は違いますが、彼の自然に対する真摯かつ真剣な向き合い方は、その作品を見ているだけでも多くの感銘を受けさせられます。東山魁夷の作品は主に風景画ですが、どれもどこかで見たことがある何気ない風景や自然を題材にしています。それにも関わらず、すべてが幻想的で現実世界とは少しかけ離れたような神々しさが感じられるのです。これは彼が風景画という作品のなかに人生のすべてをぶつけるというスタイルをとっているからこそ生み出される特徴といえるでしょう。

    戦争を機に訪れた成功への道

    彼は留学時代、周りの優秀な友人たちが次々に画家として高い評価を受けていく中で、なかなか認められない日々が続きます。彼は戦時中、妻・母と共に飛騨の高山に疎開をしていました。そんな中、彼は終戦間近で招集を受けるのです。爆弾を抱えて敵陣へ飛び込む無謀な作戦の訓練の日々の中で、彼は熊本城の天守閣から肥後平野を見下ろします。その時に見た景色に東山魁夷は衝撃を受けました。過去には兄を結核で亡くし、戦中に父を亡くしている彼にとって、自分の命や明日も期待することができない中で見たこの雄大な自然に、自分は純粋な気持ちで自然を見ていなかったのだということに気付かされます。

    代表作『緑響く』について

    彼は戦後に母と弟を相次いで亡くしています。戦争が終わり、再び筆が握れるようになったときには皮肉にも肉親は誰もいなくなっていました。絶望のどん底にいた彼が必死に筆をとり、描いた作品が「残照」という作品です。これは彼が画家として正式に高い評価を初めて受けた作品でもあります。第3回日展で特選を得たこの作品は、雄大な自然の息吹を感じることができる彼の出世作です。この頃から彼の特徴のひとつでもある非常にシンプルな構図の作品が見られるようになりました。また、彼の代表作として有名なのはCMなどでも使用されたことのある『緑響く』ではないでしょうか。この作品は白い馬シリーズのひとつで、緑の大自然の中に白馬を描き、自然の雄大さとその生命の尊さを感じさせる素晴らしい作品となっています。非常にシンプルな作品でありながら、風景画の中に自らの心情を映し出す技量はまさに昭和を代表する画家の名にふさわしいものなのかもしれません。

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