名古屋帯のルーツには2説あり

名古屋帯

  • 名古屋帯(なごやおび)は、その名の通り名古屋で生まれました。

    袋帯に比べて簡単に締めることができ、どちらかと言うとカジュアルな帯という位置づけにはなるものの、素材や柄などを使い分ける事で普段使いから準礼装にも締められる、とても使い勝手の良い帯です。

    そんな名古屋帯のルーツは2つの説があり、その歴史は大正末期に遡ります。ひとつは、当時、名古屋女学校(現:名古屋女子大学)の創始者であった越原春子によって考案され、名古屋の松坂屋が着目して売り出し全国に広まったとされる説と、もうひとつは、名古屋に住んでいた飯田志ようという人物が考案し、中部の工芸博覧会に出品したものが入賞、「文化帯」の名で普及し後に名古屋帯という名に改められたという説です。

    この2つに共通して言える事はどちらの方も教育者という事で、当時の職業婦人は現代に負けず劣らず常に時間に追われていたのは想像に難くありません。そんな生活に密着した観点から、普段の生活の中で身につけやすく簡単に締められる帯が開発されたのでしょう。

    流行に左右されない色柄の名古屋帯も素晴らしい物ですが、今はアンティークの和装品の人気が特に高まっています。その頃の名古屋帯の中にも大胆な発想が活かされ、「アンティークの名古屋帯」として愛され、価値が高まっています。現代の日常からは少し離れた和装品であればこそ、このブームを読むことは大変難しく、いつ頃落ち着いてしまうかという話しに明確なことは言えません。だからこそ、着用しない名古屋帯があるのであれば、今が売り時です。華やかな名古屋帯にとって、たんすに眠らせるよりも、着用されて誰かの目を楽しませることが大切な役目ではないでしょうか。

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